ホテルのカメラ
星野&真実シリーズ 第一弾
注意:ネタバレには細心の注意を払っていますが勘のいい読者なら気付くかもしれませんので、 森博嗣『すべてがFになる』が未読の方はご注意ください。(多分、大丈夫だと思いますが…)
それと…、自作の『北川伝説』の真相に触れていますのでご注意ください。
by 作者


せっかくの休日だ。ゴロゴロしながら、私は自室でベッドに寝転びながら森博嗣『すべてがFになる』を読んでいた。 付けっぱなしテレビでは**市に隣接する□□市の汚職事件を扱っていた。何やら、暴力団から賄賂を貰っていたらしい。 普通の公務員がどんどん逮捕されていっているらしい。
テレビがそんな報道をやっている所で、いよいよ物語は犀川教授の謎解きに入った。 が、それは部屋の隅から流れてきたSMAPの『夜空ノムコウ』で中止させられてしまった。
私はベッドの上から携帯電話に手を伸ばして取った。 面倒なので、この着メロは高校時代から変えていない。
私が何か言う前より先に早坂先輩が言うのが早かった。
「斉藤さん?」
「ええ、そうですけど」
私の携帯にかけてきて他の誰が出ると思ってるんだろうか?
「早坂ですけど」
そんなもの、声聞けばわかるし、ディスプレイにもそう出ている。
「何ですか?」
「悪いけどさ、今暇?」
「ええ、森博嗣さえほっとけば暇です」
「ああ、そう言えばこの間斉藤さん読んでね」
「やっと、佳境に入りましたけど」
「ああそう。じゃあ、悪いけど今から大学にきてくれる?」
やっと佳境に入りました、と言って「きてくれる?」はないだろう
「大学ですか?」
「そう、駅のところで待ってるから二時に、大学駅で」
「はあ、わかりました」
「ああ、あと星野を起こしてきてくれる?多分、寝てるから。電話かけても誰も出ないし。近くでしょう?」
「ええまあ」
私は連れない返事を返した。
「二時には間に合うように」
「あ、はい」
あっというまに、切れてしまった。

「コンコン、コンコン」
いくら叩いても返事が無い。私は溜息をついた。
「星野せんぱーい。10秒以内に開けないとドア壊しますよー」
と叫んで、カウントダウンをはじめてみたが一向に開かない。私はまた腕時計を見た。 早くも腕時計も12時を回ってはやくも一時間が立とうとしている。
試しに、ドアノブを回してみるとあっけなく開いてしまった。 あまりの無用心さである。開けてみると、案の定一間しかないボロアパートの中で 部屋の主は布団の中でぬくぬくと寝ていた。先輩ながらいい気なものである。
「先輩、起きてください!」
私は大声を出して布団を跳ね除けて、星野先輩を起こした。

「ん…」
星野先輩はようやく起きたかと思いきや、また布団の中に潜ってしまった。なかなかの根性である。
思わず、私はそこら辺に落ちていた(昨日の)新聞を丸めて顔を思いっきり叩いてしまった。
「イテ…!」
星野先輩はようやく起きたが、私を見つけると、虚ろな視線を投げかけた。
「先輩起きてくださーい。早坂先輩からの呼び出しでーす」
さっき殴った時に丸めた新聞紙を再び丸めてメガホン代わりにして叫んだ
「えっ、早坂!?」
早坂という言葉を聞くと急に起き上がるのが面白い。
早坂先輩とは私と星野先輩が入っているサークルの部長で、いい先輩ではあるが几帳面なせいか遅刻には厳しい。
星野先輩は起きると慌てて起きると支度をはじめた。かと思えば、急に私のほうを見て思い出したように言った。
「そう言えば、斉藤君。キミは何でココにいるわけ?」
普通なら一番最初に聞きそうなことだがどうやら忘れていたらしい。 何故か星野先輩は年下に対しては男女お構いなく「くん」を付ける。
「早坂先輩から言われたのよ。どうせ、『星野は寝てるから来るついでに起こして来い』って」
「早坂も酷いな…、まあ事実だから仕方ないけど」
そうやら、昨日酔ったまま家にたどり着いた直後に布団に潜り込んだらしく、昨日着ていた服と一緒だ。
「しかし、早坂急に何の用かな…、あいつもオレと一緒に飲んでたはずなのにな…」
正確に言うと、この言葉には語弊がある。
コンパに一回行けばわかるのだが、一緒に飲んでいたと言っても星野先輩が一人でほとんど飲み干し、 早坂先輩はビールをチビチビ飲んでいるだけなのである。
「じゃあ、行こうか」
星野先輩は私に向かって言った。
「えっ!?もう支度終わりですか?」
余りにも早すぎるまだ起きて五分も立っていない。
「だって、特にすることないし…」
確かに、寝てる時からTシャツにジーンズというスタイルだったから昨日と同じである事を除けば問題ない。
「あのー、先輩。歯磨きとかしなくていいんですか…?」
「歯磨き!?あんなものは一日一回で十分だよ」
今日の様子を見ていると一日一回もやっているのか相当怪しいが…。
「じゃ、行こうか」
言うが早く星野先輩は早くも靴を履き始めていた。

私の名前は斉藤真実。一応、大学一年生。星野先輩と早坂先輩は同じ大学の三年生である。 で、その三人が入っているサークルの名前が「ポオ研究会」。
要するに、ミステリ研なのだが何故「ポオ研究会」になったのかは謎だ。
おそらく、ミステリーの始祖「エドガー・アラン・ポオ」から取ったのだろうが、 何でエドガー・アラン・ポオの名前を取ったかは私は知らない。 このポオ研究会には、あと一人二年生の平山先輩というのがいる。 この平山先輩が困った人で、後輩の私から見ても幼い。好奇心が手足をつけているような人なのだ。 やたらと、現実の事件に手を突っ込みたがるのだ。
おそらく、今回もこの間あったビジネスホテル密室殺人事件に手を出そうとしているのではないか…と私は思う。

電車の中でもグースカ寝ていた先輩だが、やはり降りるところになって思いっきり起こさなければならなかった。 腕時計を見ると一時55分。危なかった…。
「よっ、ご両人」
改札を出たところにある待合室で早坂先輩が待っていてくれていた。
「斉藤さん、やっぱ寝てただろ、こいつ」
「ええ、バッチシ寝てました」
「案の定だな、長い付き合いだからね。おはよう、星野君」
早坂先輩は声色を変えて星野先輩に行った。ところが、星野先輩はそれどころじゃないらしい。
「全く、せっかくの日曜日ってのに何の用だ?一体。安眠妨害罪だぞ」
星野先輩は軽口を叩いたが早坂先輩は相手しない。
「銀河鉄道999でありましたね、どこの星でしたっけ?」
軽口の相手をしたのは早坂先輩の隣に立っていた平山先輩である。しかし、それこそ誰も相手しない。 次に口を開いたのは早坂先輩である。
「でだ。起きたばっかりの星野には悪いが、この平山が急に会合をしようと言い出してね。何のことかと思えば、 この間あったビジネスホテル密室殺人事件について推理するとか言い出してね…ほとほと呆れる奴だよ」
やっぱり、私の予感は的中してしまった。

ビジネスホテル密室殺人事件とは、駅前のボロのビジネスホテルで在った密室殺人事件で、ワイドショーや週刊誌でも (多分)日本初、東洋初、世界でも二回目の密室殺人事件と騒がれていた。
私が新聞による情報をから得た情報をざっと述べると、 ホテルの一室で男性が殺された。このホテルはオートロックだから犯人は普通にドアから出てくれば、 当然、密室状態になる。勿論、こんな馬鹿げた密室を指してワイドショーが騒いでいるわけではない。
重要なのが、このホテル何のためか廊下に監視カメラが据えられているのだ。 そして、この監視カメラはその日、被害者が入ってから一回もドアが開くのを捉えていない。
逆のアングルから捉えたカメラも捉えていない。窓の方はどうかというとこちらは完全に閉められていた。 警察さえも「犯人が抜ける道が現状では見当たらない」と発表したのだ。 勿論、警察は刺され方から他殺と断定している。
さて、どうやって誰が殺した?というのが全くわからない事件なのだ。

 閑話休題――
「何それ?」
と素っ頓狂な声を上げたのは星野先輩だ。
「ビジネスホテル密室殺人事件って?西村京太郎の新作?それとも内田康夫?吉村達也?」
確かに、この三方が書きそうな題名だ。最も、内田康夫に密室物なんてあっただろうか?
「そう、『殺しの双曲線』の続編」
軽口で応じたのは早坂先輩。西村京太郎の代表作だ。(注:実は名前を出しておきながら作者が未読です。すいません)
「あっそう。西村京太郎の新作とか読むきしないけどな…」
どうやら、星野先輩は真に受けてしまったらしい。早坂先輩は笑いをかみ殺しながら聞いた。
「お前の事だから新聞読んでないだろ?」
「新聞?ああ、部屋のどっかにあると思うけどね…」
なるほど、だからあんなに綺麗に置いてあったのか。ポストから抜いておそらく一度も開いてもないんだろう。
「やっぱりね。こいつの家、テレビさえないからな…。知らなくて当然かもな」
部屋の様子を思い出してみる。確かに、テレビさえも見かけなかったような気がする。
「実を明かすとね、この間駅前のビジネスホテルで密室殺人事件が起こった」
「み、密室?密室ってまさか、『モルグ街の殺人』の密室?」
寝ぼけ眼の星野先輩も、さすがに“密室”と聞いて驚いた声を出した。
「そう。ジョン・ディクスン・カーが大好きな密室だ」
わざわざ、カーに言い直して早坂先輩が受け答える。
「ふーん、現実でもあるんだな…、で?」
「そこで、好奇心の塊みたいな平山が、興味を示して色々調べてきたわけだよ」
早坂先輩が平山先輩の耳打ちすると、平山先輩は喜色満面の顔を浮かべてカバンの中からファイルを取り出した。
ファイルの表紙に大きく「ホテルの密室」とかかれており、「犯人はどうやって監視カメラをくぐりぬけたか」という サブタイトルが平山先輩の下手糞な文字で書かれている。
「あとは、平山頼んだぞ」
と言って、早坂先輩は傍観者を決め込んで駅のベンチに座り込んだ。駅の待合室で会合というのも変な感じだ。 平山先輩は表では困った顔をしながら、本当は嬉しそうな顔をしているのを私は見抜いていた。

「えーとですね、実は僕はある筋からですね、色々情報を仕入れてるんですよ」
ある筋とは、毎回の事だから3人ともわかっている。単なる、平山先輩の従兄弟が県警の捜査第一課にいるだけだ。 本当は民間人に教えては行けないと思うのだが…。たまに、仕入れた捜査情報を私たちに教えてくれたりもする。
「まず、星野さんに事件に関する事を僕がまとめたスクラップブックを見て欲しいんですよ、 あっ斉藤さんもご一緒に。斉藤さんはともかく星野先輩は事件がわかってないらしんで…」
星野先輩と私は平山先輩がまとめたというスクラップブックを覗き込んだ。 早坂先輩はベンチの腰掛け偶然会ったらしい友人と何やら喋っていた。

ビジネスホテルの一室で死体発見
八日午前、**駅前にある△△ビジネスホテルの八階の一室でナイフで刺されている遺体をホテルの清掃員が発見し、110番通報をした。 宿泊名簿から被害者は□□市勤務の公務員(54)と見られ身元の確認を急いでいるが、まだ確認できていない。 警察では、現場の状況から他殺と判断し調べを進めている。 なお、室内は荒らされた様子はなく、現金もそのままだった。
(平成○○年10月9日 A新聞朝刊)
ビジネスホテル殺人事件 現場は密室?
八日に**駅前のビジネスホテルで発見された被害者の身元が□□市勤務の公務員山村静香さん(54)と判明した。 廊下にある監視カメラによると被害者は八時にチェックインした後、一度も出ておらず窓も締め切られており、 完全に“密室”状態だったことが判明した。警察も犯人がどこから脱出したのかわからないと話しており、 前代未聞の“密室状態”での殺人に警察も頭を悩ませている。
(平成○○年10月10日 Y新聞朝刊)
「それとですね、これはスクラップしえないんですけど、これも見て置いて下さい。」
といって平山先輩は雑誌を見せた。ニュース専門の雑誌だ。表紙ににデカデカと「公務員と暴力団 汚職の関係!」と 書いてあり、そのすぐ下にそれよりかはやや小さい文字で、「特集 NISSANは甦った。ゴーン社長の経営手腕」 と並んで「特集 ビジネスホテル密室殺人事件」と書いてある。
特集 犯人はどうやって密室から抜け出した!?1
八日に**駅前にある△△ビジネスホテルで起こった密室殺人事件。我々取材班は、宿泊当時、隣の部屋にいたAさんから 新たな証言を得る事に成功した。

インタビュアー:ホテルの従業員だそうですね。あなたはどうして隣の部屋に泊まっていたんですか?
Aさん:ええ、あの日は凄い嵐で、帰れそうにないな…、と思いまして窪田(編注:このホテルの支配人)に頼みまして特別に空き部屋に 泊まらせていただきました。私、隣の□□市に住んでるんです。

インタビュアー:なるほど。その泊まった時の様子を聞かせて下さい。
Aさん:あの日はですね、夕方に清掃を終えまして、あの日は天井を掃除する事になっていて大変でした。 7階までやったんですけどね、あとはする気がなくて…。 その疲れた状態で外を見たら、嵐でしょう。とても帰る気がしなくて窪田に頼んで空き部屋であった802号室に泊めさせて もらいました。そういう方がもう一人おられまして802号室はツインですから、一緒に泊まったわけです。
(編注:その方をBさんとする)
で、私は12時ぐらいですかね、目が醒めまして、また寝ようと思ったんでどなかなか眠れなくてですね、 時期に喉が渇いてきまして一階の自動販売機まで飲み物を買いにいったんですね。
(編注:それは監視カメラによって確認されている)
それで、部屋に戻ってきたんですけど、えーと死亡推定時刻は午前一時ぐらいでしたっけ?でも、特には隣の部屋から物音は 聞こえませんでしたけど、一応ウチもホテルですから防音壁ですからなんとも言えないですが…。 そのあと、翌日にBさんが被害者に死体を発見したみたいです。
(平成○○年10月15日発行 Yウイークリー)
一読した星野先輩は「なかなか興味深いね」と呟いた。
「聞くけど、この週刊誌の報道は正確なわけ?」
星野先輩は平山先輩に訊いた。
「ええ、従兄弟からの情報と合ってます」
「ふーん」
「で、ここからが重要なんですけど…」
急に平山先輩は声を潜めた。
「ここからは未公開情報なので漏らさないで下さいね」
私と星野先輩が頷くと続けた。最も、私たちにも漏らしちゃいけないのだろうが。
「実はこれを見て欲しいんですが…」
といって取り上げたのは…。

「ご覧の通り、ホテルの8階の見取り図です」
平山先輩は自慢げに言った。
「密室殺人が起こったのは803号室」
といって赤い×が付いている所を示した。
「監視カメラは廊下の両側にあります」
と言って、図の両側の黒い点を指した。
「最も、807号室の前にある監視カメラは801から806を写しています。逆に806号室のカメラは807〜810を写しています」
「ふーん」
星野先輩は頷いている。つまり、2個のカメラで全室をカバーしているわけだ。
「よって、ドアのアリバイを示したのは807号室前のカメラです。806号室前にあるカメラはほとんど証拠能力がないぐらいにしか、 写ってません」
ドアのアリバイとは可笑しな言い方だ。
「大体、訊くけどさあ、何でホテルにカメラがあるわけ?」
星野先輩は平山先輩に訊いた。
「昔、このホテルで暴力団による発砲事件があったそうです。そのあとで、支配人が取り付けたそうです」
「ははあん」
「さっきの週刊誌に出てきたAさんですが、実はですね若い頃はレディースに入っていたらしんですよ。それで、ちょっと疑った らしんですけど、警察も調べたそうですが、確かに午前一時にAさんが外に出ているそうです」
「ふーん」
「これは、二つのカメラで確認されています。最も、807号室のカメラが主で、806号室前のカメラは何か動いたな…ぐらいしか 捉えていません。午前一時にAさんが出てきて、エレベーターホールに向かって、 そこから、エレベーターで一階に降りた事もエレベータ内のカメラで確認済みです。一階の自動販売機で烏龍茶を買ったことも 一回のエレベータで確認済み。しばらくして、戻ってきたことも確認済みです」
「同室のBさんは?」
「一時にAさんが外に出た事は寝ていて知らなかった、と証言しています。ついでに、BさんのアリバイですがAさんが気付く範囲では 寝ていた、とAさんが証言しています」
「つまり、Aさんのアリバイは完璧か…」
星野先輩は呟いた。

平山先輩が続けた。
「さらに、他の人のアリバイです。807号室に泊まっていたCさんが12時ぐらいに出てきました。806号室前のカメラが遠いですが はっきり捉えています。807号室前のカメラもエレベータホールに向かうCさんの頭をはっきりと捉えています。 この時はそのままエレベータホールに向かった事も確認されています。同じく、一階の自動販売機でコーラを買ったことが確認ずみです」
「監視カメラのスイッチが入る9時以降、八階に宿泊していた人たちはこの二人を除いて出てきていません。 外部犯についてですけど、こちらもきついです」
と言って一旦切った。
「エレベータホールから自体は死角ですが、エレベーターから803号室に行こうとすると二つのカメラともにはっきり捉えます」
そりゃそうだろう。エレベータホールの入り口を806号室前のカメラが、803号室前は807号室前のカメラがはっきり示すだろう。
「というわけで、完全な密室なんですよ。新聞報道の通り窓は閉まりっぱなしです。針糸トリックなんて使えません」
お手上げのように平山先輩が言った。

「なかなか調べてるじゃないか」
星野先輩は平山先輩のわき腹を肘で軽く突付いた。
「イテっ!」
平山先輩は顔を歪めて叫んだ。軽く突付いただけで、そんなに強く突付いた覚えはない。
私と星野先輩が顔を見合わせていると、平山先輩が弁解するように言った。
「いやですね、昨日試しに調査のためにそのビジネスホテルに行って来たんですよ。 壁際速いスピードで、行けば写らないんじゃないかなんて思いましてね壁際を猛スピードで走ってみたんですよ。 そしたら、ドアノブがわき腹に当たりましてね。痣を作っちゃったんですよ」 なるほど、その痣に肘つきがジャストミートしたのだろう。 「ばっかだな…。どうやったら、ぶつかるんだよ。普通、玄関は少し廊下から引っ込んでるだろう」
「いや、違いますよ、先輩。何でかしらないですけど、あそこのホテルは全く引っ込んでないんですよ。 古いホテルのせいか、壁際からみたら直線上になってるんですよ。ドアノブが飛び出しているだけで」
「ふーん、そんなホテルもあるんだなー」

急に星野先輩は雑談していた早坂先輩の方を見た。
「おい、早坂。何女の子と話してるんだ?」
気付いたら、早坂先輩は女の子と話している。油断ならない人である
「ひょっとして、彼女ですか?」
私も横から茶々入れてみる。
「違う、違う。一応、双子の姉」
と言って早坂先輩は女の人の方を親指で示した。
女の人は、頭を下げた。
「お前、姉なんかいたっけ?」
「双子のだってば」
「そう言えば、日本のミステリに『双子の姉』という言葉を使った作品があったなあ」
「ああ、あれは傑作だけど、確か『双子の妹』だったはずだけどね」
「細かい所は気にしない」

事件から興味が薄れたらしい星野先輩に不満そうな平山先輩。表情がよく顔に出る。
可哀想なので私が聞いてあげよう。
「あの平山先輩、訊いていいですが?」
「事件のこと?」
「ええ。あの、監視カメラに細工されていた…ってことはないでしょうね」
思わず、そう聞いてしまったのは…仕方あるまい。
「細工?警察の科学力を超える事がない限りそれはなかったみたいだね」
あっさり言われてしまった。
「そのテープはアナログですか?デジタルですか?」
平山先輩には言いたい事がわかったらしい。
「アナログだよ。機械の誤作動ではないみたいだね」
「アナログで上から別のを入れえ潰すというのは…?」
「確かに、もともとアナログのテープ何度も使いまわしするから、そういう風のだと発覚しにくいけど、昨日テープを新品に したばかりらしくて、映像も鮮明だし、上書きはしたら発覚するだろうね」
「えーと、じゃあ七階と八階のカメラを付け替えるってのはどうですか?Aさんが週刊誌のインタビューで答えてたでしょう? 七階と八階の天井を掃除していたって?その時に入れ替えるというのは?」
「それは、面白いアイデアだね。昼間は監視カメラは切ってあるらしいし、単なるねじで留めてあるだけらしいから出来るかもね。 でも、最大の欠点はAさんとCさんが外に出たのが写り込んでいることだね。証言どおりだし、反対側のカメラでも 少し写っているだけだが同時刻に動いているのが確認されている。」
「そうですか…、じゃあ秘密のドアで繋がっていた…?」
もうヤケクソだ。
「それは…ないね」
と平山先輩は苦笑しながら答えた
「ベランダは?」
「残念ながらそのホテルにはないね」
確かに、観光ホテルならまだしも、ビジネスホテルにベランダはないだろう。
「他に質問は?」
「もう、お手上げです」
私は思わずそう答えてしまった。

さあ、やってまいりました。読者への挑戦状です。すべての手がかりは今までの中に示されています。
私は読者に挑戦する。犯人は誰か?そして監視カメラを使った世界で二番目の密室は?
ヒントは図の中にも隠されています。よーくみてください。 (ってか、こんな簡単なトリック。すでに誰かが開発してるかもしれませんが、その時は御免なさい・笑)
わかったって人も多いんじゃないかと思いますが…。(特に犯人)


結局、うやむやに終わり、帰りの電車では当然星野先輩と一緒になった。
「どう思いますか?今日の事件」
と隣に座る星野先輩に尋ねてみた。
「えっ?ああ、Bさんが犯人の奴か」
「Bさん!?」
私は余りの驚きの余り思考停止状態に陥った。
「正確に言うと、AさんとBさんの共犯だね」
「共犯!?だって、先輩Aさんのアリバイは完璧だって言ったじゃないですか」
「Aさんは主犯じゃない。主犯はBさん」
「でも、Bさんはその日一回も監視カメラに写ってないんですよ!?」
確かに、全く一回も写ってない。
「たしかにAさんの協力なしにはできないね、確かに」
「あのー、ひょっとしてカメラのすり替えですか?」
私が平山先輩に話したとき、星野先輩は早坂先輩と話していた。私の推理(?)を聞いてない可能性は高い。
「ああ、斉藤くんが昼間に言ってね。面白いトリックだから、今度そのトリックを使ったミステリを書いてみたら?」
ちゃんと聞いていたらしい。
「じゃあ、違うわけですね?」
「うん、AさんがやったのはBさんを隠す事なんだ」
「隠す?」
私は聞き返した。
「ひょっとして、BさんがAさんの振りをしたとかですか?」
「キミ、結構探偵の才能があるんじゃない?確かに、そういう手もあるけど、どっちにせよ本物のAさんだろうが、 偽者のBさんだろうが803号室に入るのは不可能だ。807号室前の監視カメラが見張っている」
といって、取り出したのが平山先輩の持っていた見取り図だ。
「平山がコピーを持っていたから、かっぱらっていた来たんだ。」
というと、ジーンズのポケットから三色ペンを取り出した。何で、入っていたかは謎だ。 すると、青いペンで書き込み始めた(下図参照)

「これで終わりさ。」
まるでQ.E.D.といいたげに星野先輩が言った。
「終わりって、まだ全然わかりませんよ」
星野先輩は面倒くさそうに答えた。
「つまりさあ、一時にAさんが外に出た。その時にドアを開いただろ?どれぐらい開いたかはわからないけど、 全開に開いた場合は図の赤い部分が死角になる。そのドアを開いた時に、Bさんが外に飛び出て803号室をノックする。 Bさんを待っていた被害者はドアを開ける。そこで惨劇があったってわけだ。多分、AさんとBさんは最初から 被害者を亡き者にする手筈になってたんだろうな。それと、平山があそこの玄関は引っ込んでないと言ってだろう。 だから、大分ドアは死角を作ったわけだ。」
そこで、星野先輩はいったん切り、
「帰りも同様。おそらく、Aさんが戻ってくるのをドアの穴から見てたんだろうな。それで、帰りもAさんがドアを開けたときに、 Bさんは無事戻ってきたわけさ」
「反対側のカメラは?」
「あれは、問題ないよ。ドアが開いたって少し動いたぐらいしか写ってないんだから、動きがあっても、あれはAさんが出てきたのだろう、 で片付くだろうね」
確かに、平山先輩は「証拠能力はない」と言っていた。私は最後の疑問を口に出した。
「でも、何で、清掃員が殺さなきゃいけないんですか?」
「それは正確にはわからないけど…、多分隣の□□市で起きている暴力団絡みの汚職事件だろうな…」
私はあっ、と思った。平山先輩の言葉を思い出したのだ「…Aさんはレディースに入っていた…」。 暴走族と暴力団の関係は昔から取り沙汰されている。
そして、被害者は新聞記事によると□□市の公務員…。言うまでもなく、汚職事件がらみでトラブルがあったのだろう
「多分、これだけ動機十分の犯人が隣室にいるのに逮捕できないのは、密室が解けてないからだろうな… まだ決定的証拠も出てきてないみたいだし」

その数日後、AさんとBさんは逮捕された。報道によると、凶器から足がついたらしい。
密室、トリックはどうなったかは報道では一切触れていなかった。
ただ、新聞に一言「一般人からの重要な証言があり…それが逮捕に繋がった」と書かれていた。
星野先輩が投稿しただろう、密室についての推理を警察が証言と言い換えたのかもしれないが、 真相は芥川龍之介『藪の中』である。そして、何で密室事件を知らなかった星野先輩が 汚職事件の事を知っていたのかも謎ではあるが、深くは問わないで置こう。



作者あとがき
どうでしたか?このいい加減なトリック。わざわざ、このトリックの為に絵のドアの大きさを大きくしたりしたんですけどね(笑) 玄関のところが引っ込んでないというのも、このトリックの為の設定ですし、802号室と803号室だけがドアが隣り合っているのも 不自然ですね(笑)。ひょっとして、ココを作ったオーナーは密室殺人事件の為にこんなヘンテコな作りにしたのかな…(?)
それと、社会問題に疎い星野先輩が汚職事件を知っていたわけは…、作中をよーくみてみれば わかります。
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